なんで批判コメントにこんなにも傷つくの…?

生き方の話
ゆみ
今日は、SNSで批判コメントが来たとき、なんで悲しくなっちゃうの?という話をします!

批判コメントって、発信するものの宿命なの?

SNSで顔を出して(もしくは出していなくても)活動していると、必ずぶち当たるのが「批判コメント」による心の疲れ…。

もちろん、私たちも批判コメントを受けます。「ブス」とか「服ダサい」とか「動画、つまらない」とか「DIYが雑」とか(笑)


人生で初めての批判コメント(内容はもう忘れましたが)にはそれはもう、相当なショックを受けました。もともと、わたしはYouTubeの「バッドボタン」を押されただけで、超凹んでいたお豆腐メンタルでしたし…人より余計に…(笑)

批判が来た日には、「なんでやーなにが悪いんやー」と一日中落ち込んでました。また、バズった時なんかは比例して批判も増えたので、なおさらメンタルがヤバかったです。人からみたら「わたなべ夫婦めっちゃ伸びてるやん!いいね!」って感じだったかもしれませんが、たいていそんなとき、わたしはどん底にいました。

そんなわたしに対して、周りは「批判コメント? 気にしない気にしない!」とか「それは、有名になった証拠だね」とか、「ただの嫉妬だよ。」なんて言ってくれました。でも正直、そういう慰めに対して「あぁ、そっか!そうだよね!」とは素直に納得できませんでした。

気にしないって言われても、気になるし。そもそも、「有名になったら、だれでも絶対批判されなきゃいけないの?」とか、「本当にこの人たちは、ただ、嫉妬で言ってるの?」「やっぱり私が悪いんじゃ…?」なんて、どうしてもネガティブに考えてしまったんです。

傷つくのは「自分のこと」と、とらえた時だけ。

でも、ある日、批判コメントなのに全く傷つかないコメントがあったんです。むしろ「なんだこのコメントw」という一歩引いた視点から見ることが出来たんです。

その時のコメントは安定して内容を忘れてしまったので、最近の例を出します。一番最近きた批判コメントで同じく、傷つかなかったものは、下記のものです。これは、「起業してもどうせ失敗するだろう」といった内容の物でした。

誰がどうみても悪意ばりばりのコメントですが(笑)、わたしは全然平気でした。

それは、わたしがこのコメントを「自分ではそう思っていない内容だったから」です。

自分事以外は、他人事だよね。

「自分ではそう思っていなかった内容」について、分かりやすいようにちょっと例を出します。

突然ですが、わたしは女性にしてはやや身長が高いです。そして、平均より常にぽっちゃりしています。そしてこの事について自分でも、「ちょっと背が高くて、ややぽっちゃりしてる」と思っています。この前提、大切なので覚えておいてください。

さて、そんなわたしに以下4つの批判コメントが来たとします。

  • 「女のくせにデカい」
  • 「デブでだらしない」
  • 「チビ」
  • 「ガリガリで気持ち悪い」

さて、この中で私が傷つく言葉はどれしょうか?正解は、「女のくせにデカい」と「デブでだらしない」でした!(別に喜んでないよw) 一方で、「チビ」「ガリガリ」という批判コメントに対しては、ほんの少しも傷つきませんでした。

理由は【わたしが「デカい」と「デブ」だけを、わたしへの批判だと思ったから】です。

「デカい」「デブ」といった言葉は自分でもそうだと思っていることだったから反応してしまったのです。逆に「チビ」とか「ガリガリすぎる」という【自分がそうは思っていない意見】については、自分事として考えられなかったので、「え…あ、そう?私ガリガリ?w」という感じで、驚くほど【他人事】としてスルーしちゃったワケです。

ちなみに、さっきのコメントの話に戻ると、ぶっちゃけ、「わたしは、自分たちの会社がたとえ失敗することはあっても、ずっと経営がうまくいかないイメージが無い」から一ミリも傷つきませんでした(笑) 旦那と二人なら、なんだかんだ、うまくいくと思ってます。(というかむしろ、そんな前向きなイメージしかできない)

誰にもあなたは傷つけられない。

つまり、あくまでも私たちは「自分でもそうかなと、自分自身で否定していることを言われたとき、傷つく」ということが分かりました。

…ここで考えてみると、面白いことに気づきます。それは、【批判コメントでいちいち、傷ついたりしなかったりすることを、実はわたしたち自身が選んでいた】ということです。

傷ついたのは、その言葉じゃなくて「自分がそうかもなぁ」という考えが原因でしたね。ということは、あなたが自発的にその言葉を自分事として取り入れちゃっただけなので、言いかえれば【他人の言葉は絶対、あなたを直接傷つけることが出来ない】というワケです。

「わたしを傷つけられるのは、わたしだけ」。

所詮、批判コメントもわたしたちに主導権があるんです。これが分かれば、すこし、安心しますね。

自己肯定感が高い人は、批判コメントが全く気にならない。

ちなみに「自己肯定感が高い人」は、どんな【批判コメント】も気にならない傾向があります。なぜなら、「自己肯定感が高い人」というのは【自分を否定する気持ち】が、あまり(というかむしろ全く)無いからです。

前述のとおり、わたしたちは「自分でも、自分のココがダメだと思っていること」に関する批判に対して傷つきました。ということは、そもそもその「自分でダメだと思っているところ」が無ければ…?

0に攻撃しても、やっぱり0のままなんです。

そして、私の旦那だいきが、まさにそういう人です。私が落ち込んでる一方で、だいきに「こんなこと言われて、平気なん?」と聞くと「え?うん」と平然と答えてきます(笑) 匿名のコメントで傷ついているところは、見たことがありません。

ちなみにもう一人例を出すと、(これはあくまでも噂ですけれど)芸能人の橋本環奈さんも「ブス」と誹謗中傷がきても全く気にならないそうです。それは彼女が「ブス」と言われても「自分で全然、そう思っていないから」響かないんですよね。 確かに私も、環奈ちゃんほどの美形だったら、「ブス」って言われても鼻で笑い飛ばせそう…(笑)


こんな感じで、とにかく自己肯定感が高い人は、批判コメントが気にならないんです。

ということは、もし批判コメントに悩んでいる人がいたなら…それは、批判コメントに対する耐久をつけるよりも、意外と解決策は「自分を愛してあげること」なのかもしれません。

さいごに

ここまで、批判コメントに傷つくのはなぜか、という話をしました。

まとめ
  • わたしたちが批判コメントで傷つくときは、「自分でも、そうなのかも」と思い当たる節があるときだけ。
  • つまり、批判コメントでは、「自分で傷つくか、傷つかないのか」を実は選択していたということになる。
  • だから、実際はだれもあなたを傷つけることが出来ていない。あなたを傷つけられたのは、あなたの「自分を否定する気持ち」だけ。
  • よって、「自分を否定する気持ちが少ない」自己肯定感の高い人は、批判コメントを気にしない傾向がある。
  • つまり、批判コメントに対する気持ちの対処法というのは、「自分を愛すること」で解決できる。

最近アンチコメントが減ってきた理由を考えてみた。

2019年10月21日

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